10月10日から3日間にわたり行われた古都奈良の秋の伝統行事「鹿の角きり」は12日、52頭の鹿の角を切って終了した。期間中、鹿を捕らえる勢子(せこ)の勇壮な姿を見るために約8,000人が訪れた。「奈良の鹿愛護会」は、20年間勢子(せこ)としてこの行事を守ってきた辰巳誠一さん(44)と福井康史さん(37)に感謝状を贈った。
鹿に水を飲ませ落ち着かせる場面も気を抜かず鹿を押さえる福井さん
表彰は10日、「鹿の角きり」開始時に行われる安全祈願祭が営まれた後、「古都奈良の伝統行事の保存継承に尽くされた功績が多大」と同会の大川靖則会長から感謝状と、記念品として鹿の角が手渡された。
江戸時代から続くこの行事の花形、勢子は奉仕によって支えられている。角切りは、角きり場に2頭から3頭の鹿を追い込み、勢子が1列に並び鹿が外周を走るように誘導し、「十字」や「だんぴ」と呼ばれる捕獲具を角めがけ投げて、角にロープをひっかけて捕まえる。30センチから50センチほどにもなる、硬くとがった角を持つ雄鹿を捕らえるには危険も伴う。野生の鹿は捕まらないよう必死に逃げ回り、猛スピードで目の前を走る姿に初心者の勢子は尻込みしてしまうほど。期間中、2~3頭の角きりを12時~15時の間、約30分間隔で繰り返す。
必死に逃げ回る鹿を誘導する際、一歩でも動いたり腰が引けてしまうと、そのすき間を目がけて鹿が向かってくる。それだけに勢子は経験と勇気が必要になる。
辰巳さんと福井さんが勢子になったきっかけは先輩勢子の紹介。危険やけがと常に隣り合わせの勢子の世界は格式高く上下関係は厳しい。技術は、先輩の背中を見て盗み、怒られて成長していく。福井さんは「勢子を始めてから人生にハリができた」といい、勢子が年一度のこの行事に掛ける思いは熱い。
奈良生まれ奈良育ちの2人が初めて参加した当時、辰巳さんは20歳、福井さんは16歳。当時の鹿は今よりも大柄で角も太く大きかったといい、今では行われていないが素手でも捕まえていた。鹿の走るスピードは最高時速50キロにもなると言われている。鋭利な角を持って猛スピードで走る鹿を捕らえるには、けががつきもで、辰巳さんは「左腕を脱臼することもあった」といい、福井さんは「けがは日常茶飯事」と話す。
今後の抱負として、「若手に伝統や格式を指導していきたい」と話す辰巳さんと、「体の続く限りこの行事に参加していきたい」と意気込む福井さん。最終日の12日14時30分過ぎには、「よっしゃ行くぞ!」と気合いを入れて、今年最後の角きりに向かうため、鉄の扉の奥にある角きり場に入っていった。
過去には、角が体に突き刺さり重傷を負った勢子もいる。それでも、勢子は危険を顧みず、伝統行事を伝承し、鹿・市民・観光客の安全を守るために来年もこの場にやって来る。