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「文化財防災センター」の本部がある奈良、文化財防災や文化財レスキューのマネジメント専門家として活動する、奈良大学・岡田健さんに聞く

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 1月26日は第63回「文化財防火デー」(1月23日~29日は文化財防火週間)。文化庁・消防庁は、1月26日が1949(昭和24)年に法隆寺金堂壁画が焼損した日に当たることから、この日に定めています。目的は「文化財を火災・震災その他の災害から守ることにあり、この日を中心として全国的に文化財防火防災活動を展開し、有事に備えた実地訓練であると同時に、国民一般の文化財愛護思想の高揚を図るもの」としています。

 「文化財防災センター」の本部がある奈良で、文化財防災・文化財レスキューのマネジメント専門家として活動する、奈良大学・文学部文化財学科教授、岡田健(けん)さんに話しを聞いた。

 岡田教授は仏教美術史の研究家であり、中国の石窟寺院をはじめとする仏教美術研究や、国際協力による文化財保存などに携わり、2011(平成23)年の東日本大震災や、2019年の東日本台風などで被災した文化財救援のマネジメント経験を元に「文化財防災」「文化財レスキュー」に関わる。

■災害や事故に対する文化財防災について

 世界的に巨大地震、台風、豪雨などが多発し、多くの文化財が被害を受けています。火災事故は、2018年のブラジル国立博物館、2019年にはフランス・ノートルダム寺院に続き、沖縄県の首里城の焼失が起こり、決して対岸の火ではないことに文化財関係者だけではなく一般も強い衝撃を受けました。

 頻発する災害においては、文化財を守り災害発生時に全国の多くの組織や専門家が連携して迅速な救援活動を行うことが重要です。

 文化財防災センターの本部は奈良にあります。奈良文化財研究所に置かれていて、リーダーシップをとり、東京・京都・奈良・九州の4国立博物館と東京・奈良の2文化財研究所が一丸となって文化財防災に取り組んでいます。

■岡田教授は、文化財防災センター開設中心メンバーの一人

 2020年10月に開設された同センターは、災害や被災文化財の種類に応じて、どのような救出・応急処置を行うことが有効かを考え、必要なガイドラインの策定を行っています。

 2011(平成23)年4月、東京文化財研究所保存修復科学センター副センター長だった私は、文化庁の呼び掛けによって立ち上げられた東日本大震災で被災した文化財を救うための救援委員会の事務局を担当しました。救援委員会では、全国から集まる文化財の専門家らと共に、津波で被害を受けた文化財を救出、応急処置を施し、救出した文化財を一時保管場所に保管するという取り組みを推進しました。

 2019年の東日本台風では23万点の収蔵物が水没し、甚大な被害を受けた神奈川県川崎市市民ミュージアムの救援のため現地に入り、さまざまなジャンルを収容する総合ミュージアムで各分野の団体の支援を受けるための体制づくりに協力し、救援・修復活動をサポートしました。

■「文化財レスキュー」について

 災害時は、ボランティアによる被災文化財の救出活動が行われています。1995(平成7)年の阪神淡路大震災に際しては、神戸市立博物館をはじめとする文化財施設、社寺や個人住宅などの被害に対して、早くからいくつかの関係団体が支援活動を開始し、これに文化庁が応じる形で「被災文化財等救援委員会」が組織され、3カ月にわたる活動が展開されました。今、被災文化財の救出活動を一般に「文化財レスキュー」と呼ぶのは、この時の救援活動を「文化財レスキュー」と呼んだことに因みます。

 「文化財レスキュー」は、2011(平成23)年の東日本大震災においても実施されました。この時には、東北地方を中心とする広範な地域が地震と津波による被害を受け、さまざまなジャンルの文化財が大量に被災しました。このため、多くの関係団体がすぐさま支援のための準備を始め、文化庁もまた初期の段階から大掛かりな救援活動の実施を念頭に置いた組織編成を検討しました。

 この救援委員会の活動は2年に及びましたが、委員会に参加した人たちから「予測される大型地震をはじめとする自然災害に備えるため、この連携体制を日常的に維持していこう」という声が上がりました。

■「文化財防災センター」について

 これを受けて、文化庁と救援委員会事務局を担当した「独立行政法人国立文化財機構」が連携し、2014年度から、より広範で強固な文化財防災のためのネットワーク構築を目指した、文化財防災ネットワーク推進事業を実施してきました。そして2020年10月、国立文化財機構にネットワークの中核となるための組織として文化財防災センターが設置されたのです。

文化財防災の目標は「災害が起きても被害を出さない」

 川崎市市民ミュージアムの浸水被害を例にとると、地階に収蔵庫や空調を管理する電気室を設置していたことが大きなリスクとなりました。

 文化財防災における究極の目標は、「災害が起きても被害を出さない」ことだと考えています。そのためには平常時にどんな文化財が、どのような状態で、どこに保管されているのか、またどんなリスクが考えられるか(場所・体制など)を洗い出してリスト化しておくことが大切です。

 博物館などは、機能よりもデザイン優先になりがちなことが危惧され、災害リスクを考慮した設計を提唱しています。

■被害を未然に防ぐには

 多くの文化財は、その材質や構造が非常に脆弱で、とりわけ水の被害を受けると、欠損や変形のみならず、カビの発生による深刻なダメージを受けます。さまざまな汚染物質も巻き込んで襲ってくる土石流や津波は、さらに重篤な症状をもたらします。もちろん近年の文化財救出活動は、迅速かつ効率的な方法を工夫するよう、体制的にも技術的にも改善する努力を重ねていますが、被災の内容や量によっては、救出後の応急処置や本格修理によっても完全に元の状態に戻すことが難しい場合が多いと言わざるを得ません。

 最も理想とすべきなのは「災害が発生しても文化財に被害を出さないこと」です。つまり「事前の備え」を実現することです。そのためには、社会のあらゆる場面で応用されている「リスク管理」の考え方を文化財の分野にも導入し、あらゆる条件に対応するための方法を徹底して検討することが重要です。

■文化財が残るべくして残った地理的環境や自然環境に学べる奈良

 奈良は歴史的には建設と破壊が繰り返されました。そこには戦乱や遷都、あるいは廃仏毀釈などの人為的な破壊もありましたが、それでもなお、多くの文化財が残っています。なぜ古代の古墳や寺院の建物は現代までその位置に残っているのでしょうか。そこには、文化財が残るべくして残った地理的環境や自然環境としての理由があります。そのことに学ぶ時、自然災害がもたらすリスクへの対応の方法が見つかるはずなのです。

■今後の思い

 「文化財の防災」とは、物理的に被災したモノを救出して応急処置、一時保管、本格修理をするという流れをあらかじめ考え、災害時にこれを実践することです。あるいは、そもそも被害を出さないための方法や設備を考え、災害の前に実践することです。

 文化財を所有している人や文化財のある地域の人たちにとって、それがどのような価値を持つものであるのか。災害が発生し、時には人命が失われ、あるいは家族や同僚の命が失われ、そもそも生活を維持していくための家や財産を喪失し、ひどい場合にはその地域のコミュニティーが存続の危機を迎えるというような状況で、なぜ敢えてそれを救出しなければならないのか、ということが理解されているものでなければなりません。

 そのためにも文化財の防災に関わる人は全て(所有者も行政の担当者も、救援・支援活動を行う者も、そして地域の住民も)、まずその基本として「文化財とは何か」ということを理解している必要があるのです。

 文化財は社会との関わりの中にあります。「防災」という観点を示したとき、その課題は社会との関わりを無視しては解決できないのです。つまり「文化財の防災」を学ぶことは「総合の学である文化財」を理解するための有効な手段でもあります。

 災害が多発する日本ですが、経験を積んだ文化財防災の専門家が少ないという実情があるので、人材育成に力を入れていきたいと考えています。

 ありがとうございました。

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