暮らす・働く 学ぶ・知る

奈良の町家で「茶がゆを楽しむ会」 地元の食文化伝える

お膳には茶がゆに合う品が小鉢で添えられた

お膳には茶がゆに合う品が小鉢で添えられた

  •  
  •  

 幼い頃から茶がゆに親しんできた飯田むつみさんから日常的な茶がゆの炊き方を教わる「茶がゆを楽しむ会」が2月20日・21日、ギャラリー艸小路(くさこうじ)貸し町家「木屋」(奈良市紀寺町)で行われた。

 大和の茶がゆは「おかいさん」と親しみを込めて呼ばれ、かつて奈良の多くの家庭で毎日のように食べられていた。寺で育った飯田さんは、祖母や母が準備した茶がゆの鍋に、毎朝父が火をつけて炊き、それを本堂の仏さまにお供えし般若心経を唱える。その後、家族で食卓を囲むのが朝の光景だった。

[広告]

 結婚し子育てになると生活様式は変わり、毎日の子ども達の弁当作りもあり、朝から茶がゆを炊くという選択肢が無くなり、しばらく茶がゆから離れる時期もあったという。40代半ば、「やがて巣立ってゆくであろう子どもたちに母として何を伝えられるのか。食が命と直結していると思って子育てして来たので、言葉よりも食べることと姿で食文化を伝えたいと思った」

 香ばしいほうじ茶の香りが懐かしい光景を思い出させてくれる。「食文化とは特別なものではなく、幼い頃から身についている食卓のだんらんなのだと気付いた」という。「食事を作るということは、食べる相手を思い健康と幸せを願う、まさに『祈り』なのだ」とも。

 同じ頃、「茶がゆは奈良の名物だと聞くが、店でしか食べられない」「おばあちゃんは食べていたようだが自分は作ったことがない」という声を聞くようになり、茶がゆの文化が消えかかっていることに気付いた。「じゃぁ、私が炊いてみましょうか」と言うと興味を持った人が数人集まり、そこで実演すると、「もっと手間がかかるものだと思っていた」「とてもおいしい」「家族に食べさせたい」と喜ばれた。

 「茶がゆは、それぞれの家庭の味があり何通りかの作り方がある。シンプルなものが生活に取り入れやすい方法」と飯田さん。茶がゆにまつわる歴史や文化にも興味を持つようになり「他府県の茶がゆ」「なぜ奈良で茶がゆの文化が多くあるのか」など、書物やいろいろな人の話しから学び「皆さんに伝えてゆくことが大事だと考えた」と話す。

 洗米し分量の水で浸水させるが、その際「茶袋(ちゃんぶくろ)」と呼ばれる手縫いの綿袋に「ほうじ粉(ほうじ茶の葉を細かく砕いたもの)」を入れ鍋に入れておくことや、火にかけてしばらくすると米が膨らみ、とろみ、ほうじ茶の香りなど刻々と変化する様子を実演しながら説明した。参加者が特に興味を持ち、鍋をのぞいていたのが、炊き上がる目安の「お米の花が咲く」といわれるタイミング。これは米が膨らんで筋が入ることで、同時にとろみもつき完成となる。

 お膳には茶がゆに合う品が小鉢で添えられ「漬物(みぶ菜、赤大根、ごぼう、寒干し大根のたくあん、奈良漬)、白和え、切り干し大根の炊いたん、ひじきと大豆の炊いたん、行法(ぎょうぼう)味噌」茶がゆに一番合うのはお漬け物だということで豊富に用意。食べ比べてほしいと2種類の奈良漬の味の違いも参加者は楽しんだ。

 千葉県から参加した女性(34)は「今まで、茶がゆの茶は色のことで、しょうゆで炊いているのだと思っていたが、実際にはほうじ茶の香ばしさと甘味がとてもおいしく感動した」と話す。生まれ育ちも奈良の女性は「私は炊いたことは無いが、母が昔、茶袋を使って炊いていたのを懐かしく思い出した。素材の滋味を感じる」

 嫁いだ家に茶がゆの習慣があるという大阪出身で奈良在住の女性は「代々、煎餅を手で細かく割り、茶がゆにパラパラとかけて食べる」、高野山で育ったという女性は「一週間に一度胃を休めるため母が茶がゆを炊いていた。お茶を『ほうろう』という磁器で焙煎(ばいせん)したほうじ茶を使って炊いた」。

 飯田さんは「食文化は、思い出と結び付くもので家族のだんらん風景と共にあるもの。人生において食を大事にしてほしいという思いを『茶がゆを楽しむ会』で伝えていきたい」と話す。

 次回開催については未定。決まり次第、ギャラリー艸小路のホームページで告知する。

  • はてなブックマークに追加