10月8日から3日間にわたり春日大社境内の鹿苑(ろくえん)角きり場で行われた奈良の伝統行事「鹿の角きり」は、51頭の角を切って終了した。
江戸時代から続くこの伝統行事を支えるのは、同行事の花形の勢子(せこ)。鹿を捕まえ、神官役が角を切る際に暴れないように押さえる役目などを担う勢子は、奉仕によって支えられている。毎年同行事には、勢子の勇壮な姿を見ようと国内だけでなく海外からも多くの人が訪れる。今年は3日間で約7,900人が来場した。
初日の同8日、40年間勢子として参加した大ベテランと、こちらもベテランで20年間参加した乾徹さん(34)に「奈良の鹿愛護会」の大川靖則会長から、感謝状と記念品の鹿の角が贈られた。
乾さんが勢子になったのは、15歳の時に知人に誘われたことがきっかけ。大和郡山に住んでいたものの、それまでこの行事を見たことがなかったといい「鹿を捕まえる」ということだけ聞いて当日は会場に足を運んだ。
角きりは、勢子が楕円(だえん)型の角切り場に3頭ほどの鹿を追い込み、赤い旗の付いた竹ざおを持って並び、鹿を縁(ふち)に沿って走らせるように誘導する。そして、クロスさせた竹の回りに縄をかけた「十字」と呼ばれる捕獲具をシカの角目がけて投げ、縄をかけて鹿の動きを止めると、徐々に縄をたぐり寄せて暴れるシカを押さえて捕らえる流れ。
当時は、手づかみだったほか、鹿を誘導するのも、鹿が通ることのできるぎりぎりのスペースしか空けず、狭いスペースのため鹿の走るスピードも上がる。乾さんは、最初は恐怖感から竹ざおを持って立っているのが精いっぱいだったという。5回目の時に「手づかみしたろかな」と思い立ち、先輩勢子からは怒られながらも、捕獲に成功したという。当初は友人3人と参加したが、翌年も参加したのは乾さんだけだった。
一歩間違えれば大けがにつながる危険と隣り合わせの勢子は上下関係も厳しい。行事中は少しでも気を抜くと大けがにつながるため、「危ない。何してんじゃー」などと威勢のよい声が飛ぶ。乾さんは、これまで「大けがはない」というものの、過去には膝付近を角で突かれて、脚が倍以上に腫れ上がったこともあったという。
自身や仲間がけがをしないようにするのはもちろん、鹿にもけがをさせないように、押さえ込む時も強く押さえすぎないようにするなど気を付けている。乾さんは、ベテランの域に達するも、若手への指導も行いながら自身も「常時勉強、先輩の姿を見て学んでいる」という。感謝状とともに贈られた鹿の角を手に「これが欲しかった」と笑顔を見せ、「30年に向けて頑張る。体が動く限りはやっていきたい」と話す。
この行事を迎えるに当たっては毎年8月末ごろから「ワクワクしている」と乾さん。勢子をやってきて良かったこととして、「毎年この場所に集まるメンバーと会えることが一番の楽しみ」という。
普段は皆それぞれの職業で普通の生活を送っている勢子。毎年この伝統行事を守っているという誇りとプライドを胸に、鹿を守るために、観衆を楽しませるために、当日にこの場所に集まり心を一つにして角きり場へと入っていく。